第15回 いかなごのくぎ煮文学賞入賞作品

グランプリ
エッセイ:将棋盤とくぎ煮 二宗洋輔 さん(愛媛県・男性・25歳)
 木曜日の夜になると、私は祖父の家に預けられていた。母がママさんバレーに行く日だけの、少し特別な時間だった。
 祖父のいる実家は、岡山の児島という漁師町にあった。潮の匂いがどこかに残るその家は静かで、時計の音がやけに大きく響く。テレビはついているのに、誰も見ていない。ちゃぶ台の上には、いつも将棋盤が置かれていた。
「やるか」
 それが祖父の合図だった。駒の並べ方も曖昧なまま向かいに座ると、祖父は黙って指し始める。パチン、と木の乾いた音だけが部屋に残り、その規則正しさが不思議と心地よかった。祖父は昔気質の電気工事士で、指は太く、しわが深かった。爪の際には、いつも乾いた接着剤が白く残っている。その手で将棋の駒をつまむ姿が、子どもの私には少し不思議に見えた。
 対局の合間、祖父は小皿のいかなごのくぎ煮をつまみ、日本酒をひと口含む。甘辛い匂いがゆっくりと部屋に広がった。
「それ、美味しいん?」
 そう聞くと、祖父は笑って一匹のせてくれた。細く黒い小さな魚。初めての味は思いのほか濃く、胸の奥まで残るようだった。
「春の味じゃ」
 将棋は一度も勝てなかった。気づけばいつも追い詰められている。祖父は手加減をせず、ただ静かに駒を進めた。
「焦ったらいけん」
 その一言だけが、なぜか深く残っている。同じようで少しずつ違う木曜の夜。くぎ煮の甘さや生姜の効き方も、そのたびに変わった。「今日はええ出来じゃ」と祖父が言う日は、負けるのがいっそう悔しかった。
 やがて祖父の家に通うこともなくなり、木曜日はただの平日になった。将棋盤も、あの時間も、静かにしまわれていった。
 大人になったある日、くぎ煮を口にした瞬間、あの夜が蘇る。駒の音、日本酒の香り、そして、あのごつごつした手。小さな魚は、あの手が触れていた時間を打ちとめた釘のように、今も記憶の中にまっすぐ残っている。将棋盤の一手のように、あの夜も確かに積み重なっていたのだ。
 今なら少し分かる。祖父が急がず駒を指していた理由も、くぎ煮をゆっくり味わっていた理由も。どちらも、終わらせないための時間だったのだと思う。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
とある海辺の町で、将棋盤をはさんで向かい合う祖父と孫。祖父のかたわらには晩酌のアテとしてくぎ煮が。齢の離れた二人を包んで、静かに時が流れていきます。当時は将棋も、くぎ煮も、そして祖父のこともあまり理解していなかった。しかし歳月を経た今、あらためて気づくかけがえのない時間。抑制の効いた文章から、祖父の風貌が伝わってくるようです。達意の一文と、感銘を受けました。
準グランプリ
詩:よかったな 館野史隆 さん(埼玉県・男性・54歳)
赤茶色でよかったな。
周りを明るくしてくれる。
曲がっていてよかったな。
弁当箱にたくさん入る。
いかなごでよかったな。
みんなを和ませてくれる。
くぎ煮でよかったな。
誰もが釘付けになる。
よかったな。
よかったな。
いかなごのくぎ煮で本当によかったな。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
その色合い、形状など、くぎ煮のすべてを作者は肯定し、短い頌歌(しょうか)、すなわち〈ことほぎのうた〉に仕立てました。いかなごに対して「よかったな」と呼びかける作者の優しさが胸を打ちます。優しさの根源には、瀬戸内の海を造ってくださった神への感謝が。
郵便局賞
エッセイ:くぎ煮が落とした取調べ うっかり八兵衛 さん(大阪府・男性・63歳)
 三年前に刑事を定年退職したが、三十二年前もの昔、忘れられないいかなごのくぎ煮の思い出がある。私が傷害事件の被疑者を逮捕したのは、まだ寒い初春の頃だ。
 二十代のKという男は、相手に大きな傷害を負わせたが、取調室では頑として罪を認めない。拘留期限が迫る中、私は押さえるべき証拠と自供を得ようと悩んでいた。
 明後日が拘留満期となり、私達は朝から取調室で対峙していたが、そのうちに昼食時間になった。現在は被疑者の昼食は必ず留置場に戻って摂らせる決まりだが、当時は取調室に通称「官弁」という弁当を持ち込んで、逃走防止のために刑事と一緒に食べていた。
 Kはプラスチック箱に入った白米と漬物、揚げ物が一個だけの官弁を黙って食べる。その前で私は妻が作った弁当を広げ、卵焼きの横にいかなごのくぎ煮があるのに気がついた。
 そういえば、岡山県に住む妻の祖母が、春になるとくぎ煮を送ってくれていた。くぎ煮は甘辛くて最高の飯泥棒だ。迷ったが、私はくぎ煮の半分ほどを弁当箱の蓋にのせてKに押しやった。
 箸を止めたKは驚いて私を見る。
「Kの漬物と交換や」
「え? いいんすか? この漬物、美味しくないすよ」
「いいで。このくぎ煮は美味しいでぇ。手作りやからな」
 頭を下げてKはくぎ煮を食べる。
「へぇ。美味いすね。これ」
「そうやろう」
 便宜供与と思われたくなかったがための交換行為だが、食べ終わったKは意外なことを言った。
「ここを出たら…。嫁はんに作ってもらいます…」
 頭を下げたKは涙ぐんでいた。
 その翌日。Kは犯行に使用した凶器の所在場所と犯行事実を認めて拘置所に移管された。
 不起訴になったKは、すぐに警察署まで奥さんを伴って私を訪ねてきた。
「あのくぎ煮の作り方。こいつに教えてもらえませんか?」
 とKは笑顔だった。
 もしかしたら、Kはくぎ煮を私の妻が作ったものだと勘違いしたのかもしれない。ただ、あの時にKの涙に一役買ったのは、いかなごのくぎ煮の甘辛い味だったのは間違いないだろう。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
元刑事の貴重な証言です。取調室で被疑者にカツ丼をふるまい、自供を引き出す──昔のコントでよく見た風景ですが、この作品ではカツ丼ではなく、いかなごのくぎ煮が主役になっています。
特選(俳句)
俳句:いかなごを煮てゐる母の遠さかな 箭田儀一 さん(広島県・男性・20歳)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
優れた俳句には謎があります。母はなぜ遠くにいるのでしょう。今は亡き母親の遠さか。あるいは、くぎ煮作りに専心する母の姿を近寄りがたいものに感じるのか。読むひとによってさまざまな解釈が成り立つ謎──それも俳句という短詩の魅力です。
特選(短歌)
短歌:生きるのが不得意だとか言う君は何の苦もなく玉筋魚を炊く ルーキー さん(山梨県・男性・45歳)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
かつてCMで「不器用ですから」と呟いたのは高倉健です。器用に生きられないかっこよさ──この歌に詠まれた「君」にも、同様なかっこよさを感じます。瀬戸内沿岸にはこういう達人がたくさんいるのだろうなと思いました。
特選(川柳)
川柳:娘から若葉マークのあるくぎ煮 あらやん さん(静岡県・男性・79歳)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
今回の川柳部門には、「りくりゅうペア」「ミャクミャク」「国宝」といった題材が数多く寄せられました。流行を詠んだ作品にまじり、流行を詠まない「若葉マーク」はかえって目立ちました。親から子へ伝えるくぎ煮という文化の本質をユーモアでほんわかとくるんだ作品です。
特選(詩)
詩:いかなごくぎ煮への恋 佐久間信 さん(東京都・男性・72歳)
しょうゆとショウガの 恋しさつのる
そこに砂糖も 加わった
早く一緒に してくれと
いかなご恋しと ぼやいてる
恋しい 恋しい 恋しいよ

播磨の沖でも 大阪湾も
旬のいかなご どこ行った
どっか遠くで 昼寝かい
春告げ魚よ どうしてる
恋しい 恋しい 恋しいよ

くぎ煮にしたいが 「シンコ」はないよ
それじゃつくだ煮 つくれない
恋しがるのも 無理ないさ
相方みんなが 泣いている
恋しい 恋しい 恋しいよ
〈三田完・特別審査委員長講評〉
「恋しい 恋しい 恋しいよ」というストレートなフレーズが胸に残ります。不漁のつづくいかなごへの哀惜が切々と綴られています。ぜひともギターの弾き語りで歌ってほしい一篇でした。
特選(エッセイ)
エッセイ:漫画おにぎり kawase akira さん(石川県・男性・58歳)
 子供の頃、漫画のような大きなおにぎりを食べてみたかった。遠足の日、僕は母にお願いをした。他のおかずはいらないから、漫画みたいな大きなおにぎりを一個握ってと。中には大好きなくぎ煮を一杯入れてねと。母は優しく笑ってうなずいてくれた。
 遠足の当日、母はメロン大の大きなおにぎりを握ってくれた。形が崩れるのでラップで巻いて、その上を新聞紙でガードしてあった。母は、「海苔で固めてあるけど、新聞紙を破りながら食べた方が崩れなくていいよ」と言ってくれた。
 重い。水筒より重いかもしれない。リュックサックにもズシッと来る。遠足は多少疲れたが、それでも元気に歩いた。
 そしてお昼ご飯。僕は巨大なおにぎりを取り出した。みんながびっくりしている。僕は得意げに大口でバクッと食べてみた。一撃ではくぎ煮にたどり着けなかった。そのままバクバクと食べ進む。みんな唖然として見ている。
 ようやくくぎ煮に到着。ごはんだけから濃い目のくぎ煮が加わり、一気に食欲が加速。新聞紙を破りながら、さらに食べ進む。水筒のお茶もゴクゴクと飲み干す。
 美味い! 甘辛いくぎ煮の味付けも、ごはんの塩加減も絶妙。さすがに小学生の身で全部は食べきれなかったが、初めての漫画飯大満足のおにぎりだった。
 食べきれずに、半分残したけど、母は笑って許してくれた。その夜も僕はおにぎりを食べて完食した。その後も漫画肉、漫画丼のような漫画飯を体験していくのだが、そのきっかけとなる初めての漫画飯は一生の思い出になった。
 大好きなくぎ煮での漫画おにぎり。母へ。夢をありがとう。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
「漫画おにぎり」というタイトルからして奇抜。そして、内容も弾けていて、まことに愉しく読みました。漫画みたいに大きなおにぎりを食べたいと願う子供、そしてその願いに応えてくれる母。いい親子だなあ、と感動しました。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
俳句:いかなごのくぎ煮に合わすラフロイグ 龍史 さん(京都府・男性・48歳)
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
ラフロイグは「正露丸」のような独特の香りのあるスコッチウイスキー。私も個人的に好きな銘柄の一つです。私も「くぎ煮」合わせてみます。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
俳句:年賀状 欠けど欠かさぬ くぎ煮便 カジ さん(東京都・男性・78歳)
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
くぎ煮を「春の年賀状」と呼ぶ方もおられます。年賀状をやめる方が増えましたが、こちらは続けていきたいです。いかなご漁の復活を祈るしかありません。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
川柳:春が来たくぎ煮の文化ミャクミャクと カワサン さん(大阪府・男性・75歳)
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
大阪・関西万博のキャラクター「ミャクミャク」。最初はなにこれ!と思われていたものが人々に愛される文化となった、と言う意味では「くぎ煮」と似ているかもしれませんね。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
川柳:値上げでも 好きすぎて滅 くぎ煮推し ヒロリン さん(大阪府・女性・65歳)
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
アイドルグループ「M!LK」の楽曲「好きすぎて滅!」からの流行語(だそうです)。アイドルはよくわかりませんが、くぎ煮の推し活は私も続けます。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
川柳:タッパーの 蓋が浮くほど 愛つめて ざっこくまいまい さん(青森県・女性・高2)
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
離れて暮らす家族に送る「くぎ煮」のタッパー。蓋が浮くほどぎゅうぎゅうに詰めるのはまさしく愛。大きなタッパーで送れる時代に戻りたいです。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
詩:「の」がほぐす 渡津かずお さん(島根県・男性・69歳)
いかなごの和名は玉筋魚
いかにも硬い骨の魚に感じる
ただ、からだは細い
稚魚はつくだ煮にする
折れて曲がり錆びついた古釘に似ているからくぎ煮
と言われるそうだ
いかなごのくぎ煮は兵庫県沿岸部の郷土食だ
家々に伝えられた味があるという
なぜか「いかなご」と「くぎ煮」の間に
必ず「の」が入る
言い易さもあろうが、「の」の一文字で硬さがほぐれる
そして、優しくて親しみやすい食べ物の印象を
持つから不思議だ
いかなごの次に「の」が入ると
いかなごのイメージが最後のくぎ煮まで残る
いかなごのくぎ煮にも日本語の美意識が
盛り込まれているようだ
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
「いかなごのくぎ煮」の「の」がとても重要な役割を果たしているということに気づかせていただきました。「いかなごくぎ煮」だとちょっと感じが変わりますね。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
エッセイ:新幹線で運ぶ、私だけの春 櫻井光 さん(東京都・男性・39歳)
 東京の春は目黒川の桜が淡いピンクに染まり、街角に並ぶ色鮮やかなチューリップとともにやってくる。しかし、私にとっての「本当の春」は、あの甘辛い匂いがなければ始まらない。
 昔、春の神戸を旅したときに出会った「いかなごのくぎ煮」。あのとき、商店街の路地裏から漂っていた醤油と生姜の香りが、東京の乾いた空気の中では、どこを探しても見当たらないのだ。
 どうしてもあの味が食べたい。私はあの日、ついに禁断の手に出た。解禁の知らせを聞くやいなや兵庫へ飛び、朝獲れの「生のいかなご」を現地で手に入れたのだ。氷を隙間なく詰めた重い保冷バッグを抱え、新幹線に飛び乗る。足元に置いたバッグからは、微かに瀬戸内の潮の香りがした。時速三百キロで北上する車中、私は鮮度との戦いに挑んでいた。
 東京駅を降り、自宅へ駆け込むまでの数時間は、まさに執念の移動劇だった。 台所で保冷バッグを開けると、そこにはまだ銀色の輝きを失わないいかなごたちがいた。慣れない手つきでザラメを量り、生姜を細く刻む。一番の難関は、煮崩れを防ぐための「決してかき混ぜない」という鉄の掟だ。強火にかけた鍋を見つめ、箸を入れたい衝動をじっと堪える。次第に私の狭いキッチンが、あの日の神戸と同じ濃密な香りに染まっていく。
 初めての挑戦。不安に震えながら出来上がったそれは、驚くほど艶やかで、驚くほど美味しかった。湯気の立つご飯に一掴みのせ、一口食べれば、意識は一瞬にして春の瀬戸内へと飛ぶ。 今やいかなごは「海のダイヤモンド」と呼ばれ、かつてのように気軽に炊くことは叶わなくなった。けれど、新幹線で三時間かけて運んできたあの日の熱い喜びは、今も私の胸に鮮やかに残っている。
いかなごの喉へ飛び込むくぎ煮かな
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
生のいかなごを東京まで新幹線で運んで炊いた、という強烈なエピソード。その気合いには圧倒されます。生のいかなごの宅配サービスができたら喜ぶ方も多いかも。新幹線輸送の可能性、JRさんに聞いてみたいです。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
エッセイ:石碑と鳴くカラス ふじかわ陽子 さん(大阪府・女性・48歳)
 長田の街を散策中、いかなごのくぎ煮の石碑を見つけた。小さくもなく、大きくもない石碑だ。こんな石碑が建てられるほど、長田の人にとっていかなごのくぎ煮は大切なものなのだろうか。
 郷土料理として愛されているのは知っている。私も何度かもらったこともある。炊き立てご飯との相性は抜群だ。ただ、私にとってそれ以上でもそれ以下でもない存在であった。なのに、石碑がある。
 思わずスマホを構えた。夢中で写真を撮った。この感動を誰かに伝えねばならない。すぐSNSに投稿した。誰か分かってほしい。……。一時間経ってもイイネは付かなかった。港近くのこの場所では、私の地元では見たこともない大きなカラスが鳴いている。潮風が私の体を容赦なく冷やした。
「炊き立てご飯が食べたい……」
 そう願っても、目の前にあるのは石碑のみ。食欲をそそる名称が書かれているのに、食べることはできない。私は肩を落として、駅まで戻ることにした。道中、新しい家が多く建ち並ぶ地域があることに気付く。そうか、このあたりは震災で焼けてしまったのか。震災がきっかけで長田の街を出た人もいると聞く。最近では高齢化によって、ますます人が減っているとも。
 いかなごのくぎ煮の石碑を思い出す。あれはただの石碑ではない。確かにここにあった人々の営みを記録するものだ。記憶は薄れていくからこそ、強くつなぎとめている。
 私はきびすを返し、再びいかなごのくぎ煮の石碑のもとへ戻った。相変わらずカラスが鳴いている。その声と潮風を浴びながら、今度は石碑を撫でた。ひんやりとした感触が手から伝わってくる。冷たさを感じながら願った。いつまでもここでいかなごのくぎ煮が炊かれますように。いかなごのくぎ煮に思い出がない私が願うことではないかもしれないが。
 帰り道、知人に電話をかけた。今年もいかなごのくぎ煮を送ってほしいと。食べることで私はこの石碑の物語の一部になった。
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
いかなごのくぎ煮振興協会が建てた「発祥の地」の石碑を見つけていただきました。石碑も、この文学賞も、人々の営みを記憶にとどめるという意味がありますね。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
エッセイ:母の味は、春の匂いがした 岡菜都子 さん(三重県・女性・中1)
 春になると、わが家にはあのにおいが広がる。甘くて、少ししょっぱくて、どこか懐かしいにおい。くぎ煮のにおいだ。
 台所では、お母さんが大きな鍋の前に立っている。津市のスーパーで買ってきたいかなごが、鍋の中で少しずつ色を変えていく。透明だった小さな魚が、だんだん黒くつやつやしていく様子を、私は何度も見に行く。
「まだ食べちゃだめ?」
 そう聞くたびに、「もうちょっと」と言われる。それも毎年同じやりとりだ。でも、その時間がなぜか好きだ。
 やっとできあがったくぎ煮を、ごはんの上にのせて食べる。口の中に広がる甘辛い味に、思わず「おいしい」と声が出る。津市に住んでいてよかった、と思う瞬間でもある。
 正直に言うと、私は最初、くぎ煮が少し苦手だった。見た目がこわかったからだ。でも、一口食べたら、その考えは変わった。今では、春になると一番楽しみにしている味になっている。
 お母さんは、「この時期しか作れないからね」と言う。その言葉を聞くと、くぎ煮はただの食べ物ではなく、「春そのもの」なんだと思う。
 もし大人になって、家を離れる日が来ても、このにおいをかいだら、きっと思い出すと思う。台所に立つお母さんと、「まだ?」と何度も聞いた自分のことを。
 くぎ煮は、津市の春であり、私の大切な記憶だ。
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
三重県津市のご家庭の「くぎ煮」の記憶。三重県では「こうなご」と呼ばれることが多いそうで、農林水産省のホームページには「こうなごのくぎ煮」と紹介があります。伊勢湾のいかなご、なかなか復活の兆しが見えないようです。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
エッセイ:あの日の香りは ぐっち さん(兵庫県・男性・38歳)
「ウオノタナ? ちゃうちゃう!魚の棚と書いて『ウォンタナ』って呼ぶんやで。常識やから覚えとき」
 2014年の3月。現在の妻の実家へ婚約の挨拶に訪れた際、商店街の呼び方を間違えた僕に、義母はにこにこと笑いながらそう教えてくれた。大阪出身の僕にとって、その独特な発音はどこか誇らしげで、温かく感じた。何度も何度も言い直し、指摘されながら「ウォンタナ!ウォンタナ!」と口に馴染ませていくうちに、気づけば僕は、この言葉を発するたびに、明石の人たち全員と友達になれるんじゃないか、そんな気がしていた。
 いかなごの解禁日、明石の街は「ウォンタナ」へ走る人々の熱気に包まれる。いかなごが解禁すると、明石の人たちは魚の棚に走る文化があるようで、僕もこの時期になると、家族でいかなごを何キロも買った。
 くぎ煮をつくるのは妻ではなく、いつも義母だった。だから毎年、いかなごを買ったら、自宅ではなく、妻の実家にいかなごを届けるのが僕の仕事になった。自転車の前後のカゴにいかなごをたくさん積んで、実家へと向かう。魚の棚から明石駅を北上し、しばらくすると住宅街に入る。するとどこからともなく、鍋の音とともに、くぎ煮をつくっているいい香りが漂ってくる。町中が春を祝福しているみたいに思えた。これは明石の風物詩だったのかもしれない。
 実家にはいかなごを炊くための寸胴鍋が三つあった。それを義母は巧みに使ってくぎ煮を作ってくれた。生姜の効き具合が絶妙で、少し硬めなくぎ煮。炊き立てのご飯に生卵をそっと落とし、醤油をひと垂らし。その上に義母が炊いたいかなごをたっぷり乗せて、はふはふと、口いっぱいにかきこむ。これ以上の幸せはないと本気で思っている。
 しかし、そんなくぎ煮を口にできなくなって、もう5年ほどが経つ。お金を出せば手に入るのかもしれないが、なぜか昔のように食べる気になれない。瀬戸内海の変容か、あるいは獲りすぎてしまったのか。毎年ニュースで流れる個体数減少の報に、ただ胸が痛む。
 いかなごという魚を保護しなければならない。明石の文化や風物詩を、次世代に繋ぐことはできないのだろうか。答えの出ない問いを抱えながらも、いつもこの時期がくると思い出す。街いっぱいに広がっていた、あのくぎ煮の香りを。
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
「魚の棚」と書いて「ウォンタナ」。調べると商店街の正式な表記は「うおんたな」「UONTANA」だそうです。毎年いかなごの解禁日には、魚の棚商店街の魚屋さんがニュースにも登場します。
いかなごのくぎ煮
振興協会賞
エッセイ:春を贈る 若山 さん(山口県・男性・35歳)
 春の足音が聞こえはじめる頃、神戸の台所には独特の香りが漂う。醤油と生姜が煮詰まる甘辛くて深い匂い——それが「いかなごのくぎ煮」の香りだ。
 いかなごは小さな魚である。体長数センチ、透き通るような銀色の体は煮られるとくるりと丸まり、まるで錆びた釘のような形になる。その姿から「くぎ煮」と呼ばれるようになったと聞く。見た目は素朴。しかし、ひとつ口に入れると、凝縮された海の旨みと醤油の甘さが舌の上で溶け、思わず白いご飯が恋しくなる。
 かつて神戸の春は、このくぎ煮の匂いで満ちていたという。各家庭が独自の味付けで鍋を囲み、炊き上がると近所へ配り合う。レシピは親から子へ、祖母から孫へと受け継がれてきた。醤油の分量、生姜の加減、火加減の微妙な差——そこに家族の歴史が宿っている。
 ところが近年、そのくぎ煮が揺らいでいる。いかなごの不漁が続き、かつてのように気軽に炊ける魚ではなくなってきた。春になっても鍋を出さない家が増え、スーパーの棚から姿を消す年もある。あの懐かしい香りを知らずに育つ子供たちが確実に増えていく。
 だからこそ、言葉に残すことに意味があるのだと思う。神戸の食品メーカー・伍魚福が主催する「いかなごのくぎ煮文学賞」は、今年で第15回を迎えた。俳句でも、川柳でも、エッセイでもいい。形はどうあれ、くぎ煮への「熱い思い」を書き留めてほしいという呼びかけだ。
 記憶は書かれることで生き延びる。祖母の台所の匂い、初めて自分で炊いた春の朝、遠く離れた家族へ小包で送ったあの小瓶——そういう記憶が文章になり、誰かの心に届いたとき、くぎ煮はただの食べ物を超えた何かになる。
 瀬戸内の小さな魚が、これほど深く人の暮らしに根を張っていたことを、私たちはもう少し大切にしてもいいのかもしれない。
〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉
「くぎ煮文学賞」の意義。言葉に残すことの意味。記憶の継承。まさしく「我が意を得たり」と感じるコメントをいただけて、事務局としてはとてもうれしいです。

ジュニア部門

グランプリ
短歌:はんぶんこ あなたとわたし いかなごの くぎ煮食べたら ふえる思い出 さ さん(広島県・女性・高2)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
作者は高校2年生。大人にはなかなか作れない甘酸っぱい短歌です。女の子の友達二人なのか、あるいはほのかな恋を育てているカップルなのか。いずれにしても、ケーキをシェアするのではなく、くぎ煮を「はんぶんこ」──嬉しいじゃありませんか。今回はジュニア部門の短歌に秀作が多く、上掲のグランプリ作品のほか、特選も2作選出しました。
準グランプリ
エッセイ:パックの裏 あけみ さん(兵庫県・女性・中3)
 日本で初めてイカナゴの完全養殖に成功したことをネットニュースで知った。以前母と姉が話していたことが実現したと、私はめちゃくちゃ興奮した。と同時に、くぎ煮が無性に食べたくなった。
 今は春休み。そろそろくぎ煮が出回る時期だ。食べたいなぁと思っていると、「くぎ煮買ってきたで!」と母がスーパーから帰ってきた。
 なんというタイミング! 久しぶりのくぎ煮はやっぱり美味しい。しかし、いつもと比べると、いかなごのサイズが少し大きい気がする。同じように母も思ったのだろう。くぎ煮が入っているパックを持ち上げた母は、裏の原材料などが書かれた表示を見ている。
 「あ!」 母が突然大きな声を出した。「中国産って書いてる。安いなぁ思てん。ごめん…」と謝る母。私には母が謝る理由がわからない。
 私、「中国産じゃあかんの?」
 母、「あかんってことはないけど、やっぱり瀬戸内で獲れたの食べたいやん。瀬戸の風感じたいやん!」
 私、「そんなん考えたことない…。いつも瀬戸の風感じながら食べてたん?」
 母、「んなわけないやん。でも何やろ、春だけの楽しみやのに寂しいな」
 くぎ煮を口に運ぶ母は、どこか複雑そうだ。
 「謎鰻ってあるけど、そのうち謎くぎ煮が出るかもな」と、母がつぶやく。
 最新のフードテクノロジーを駆使して、本物の鰻のかば焼きに近い見た目や味を再現したものが謎鰻だ。将来的には、いかなごのくぎ煮も同じ運命をたどるのかもしれない。
 日本でいかなごが獲れる量が減っているのであれば、そのうち中国でも獲れなくなるだろう。そうなると中国産のくぎ煮も食べることができなくなってしまう。そんな中、いかなごの養殖の成功が希望の光なのだが、母は養殖のいかなごなら納得するのだろうか?
 私が大人になった時、養殖が主流になっているのか? それとも謎くぎ煮しか食べることができないのか? 今後の行方は、パックの裏を見て確認することになりそうだ。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
スーパーで買ってきたくぎ煮の正体は……? 中学3年生のエッセイです。「瀬戸の風感じたいやん」「春だけの楽しみやのに寂しいな」というお母さんの言葉が、読者の胸に沁み入ります。一時は絶滅したとされていた佐渡のトキ、国際的な協力でいまは500羽以上に増えたそうです。いかなごもよみがえれ!
特選
俳句:いかなごのくぎ煮と祖母の鼻歌と 国領柩 さん(大阪府・男性・高3)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
情感をさほど込めず、厨房のあるがままを詠んだ高校3年生の俳句。待ちに待ったいかなごの春……とはいえ、力まず自然体で鍋に向かう祖母の様子が見えてきます。「鼻歌」が、俳味をほんわかと醸します。
特選
川柳:白米も くぎ煮も全部 兵庫産 藤井梓 さん(兵庫県・女性・高1)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
川柳は世の中を斜にかまえて詠むもの。ですから、若い人が作るとえてして違和感を読者に与えます。この作者は斜にかまえずにくぎ煮に立ち向かい、正々堂々、兵庫県を誇る川柳作品として花開かせました。
特選
短歌:箸入れぬ 掟(おきて)抱きて 四十分 銀の命が 釘に成るまで 髙岡奈央 さん(東京都・女性・高2)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
煮崩れぬよう箸で掻き混ぜてはならぬ──これはくぎ煮作りの金科玉条として多くの応募作に紹介されています。その掟を経て、「銀の命が釘に成る」。みごとに三十一文字が決まりました。
特選
短歌:春潮にほどける銀のいかなごを釘煮に煮れば町の香ぞ立つ 青木廉太郎 さん(栃木県・女性・高2)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
これも銀から釘になるいかなごを詠んだ短歌です。「春潮にほどける」という表現が心地よいですね。そして、ラストに「町の香ぞ立つ」と格調高い係り結びを用い、これもみごとに着地しました。
特選
詩:春のじゅもん 若狹早 さん(愛媛県・男性・小2)
春と言ったら
サクラ サクラ
それより早く
春を感じたいなら
このじゅもん!

「イカナゴノクギニ」

あまくて
ほろ苦い
とびきりの春の味
花より団子の
このじゅもん!

「イカナゴノクギニ」

ごはんといっしょに
春がはじまる
〈三田完・特別審査委員長講評〉
小2の作者が耳にした呪文は「イカナゴノクギニ」。町行く人々がつぶやくこの呪文を聞くと、温かな東風が吹き、桜の蕾もふくらみます。季節を変える不思議な呪文──大切にしたいですね。

特選
エッセイ:くぎ煮です! 出島せいな さん(大阪府・女性・中3)
 僕はいかなごのくぎ煮です。広い海で生まれ、色々あって今はあるお家にお邪魔してるよ。とは言っても、まだ食卓に並んだことはないけどね。
 あ、待ってよお母さん、そんな急いでお皿を移動させたら風で吹き飛んじゃう。この家に来てから、ハンバーグやらカレーやらで出番がなかったからなあ。今日は若竹煮なんて用意しちゃって。お母さん、僕を見つけて春を感じたんでしょ。おっと、男の子がじっと見つめてる。そんなに見つめたり、匂ったりしないでよ。くすぐったい。
 え、僕のこと知らないって? 失礼しちゃうなあ。僕だよ僕。ほら、ごはんのお供だよ。お母さん、ちりめん山椒じゃないってば。悪いやつらじゃないんだけど、一緒にしないでほしいなあ。プライドってもんがあるんだから。山椒の力なんて借りなくても、しっかりパンチのきいた味だし、歯ごたえも充分さ。確かに最近は高級なイメージがあるかもしれないけどさ。ずっと昔から、先輩たちはみんなのそばで頑張ってきたんだから。
 やっと思い出してくれたみたいだね。そうか、旅館の朝食で見たことがあるんだ。じいちゃんに取られた? ほら、言ったろ。君の生まれるずっと前からみんなを笑顔にしてるんだ。
 地味だ? そんな事言うなよ。僕、生きてた時間より、おいしい佃煮になるための修行をしてた時間のほうが長いんだから。醤油や生姜の入った鍋でグツグツ煮込まれてたときはつらかったなあ。包装されて、兄弟と離れ離れになったときも。でもいいんだよ、君においしいって思ってもらえたら。
 魚は嫌いだから食べたくない? 僕、全く生臭くないよ。何なら甘いんだよ。ちょっと塩っぽくて、甘いから、ごはんによく合うよ。そう怖がらずに。そうそう、そうやって食べるんだ。
 君の好物ランキングには入らなくても、次からは見たら笑顔になるから!
〈三田完・特別審査委員長講評〉
くぎ煮を主人公にしたエッセイです。吾輩は猫である、ではなく、吾輩はくぎ煮である。でも、このくぎ煮はちょっと劣等感を持っているところが可愛いです。

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