第2回 いかなごのくぎ煮文学賞入賞作品

グランプリ
短歌:年ごとのくぎ煮の味もままならず 塩を引いたり糀入れたり 大林悦子さん(兵庫県)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
くぎ煮には家庭それぞれの味があります。また、味を進化させるために作り手も毎年工夫を凝らします。そんなくぎ煮作りの苦労を見事に短歌形式で表現した作品です。ほのかにただようユーモアに惹かれました。
準グランプリ
エッセイ・作文:父母の味 渡会克男さん(千葉県)
「またか…」と、顔を顰める私。
まだ給食のない時代、春先の弁当のおかずは明けても暮れてもイカナゴの天ぷらか佃煮だった。級友に見られるのが恥ずかしくて、小学生の私は腕で弁当箱を隠して食べたり、時には手をつけずに学校帰りに海に向かって中身を捨てたものだ。
しかし、そんなある日、イカナゴ漁をしていた父の網船が春嵐に遭遇して難破した。浜辺に座礁した船に人影はなく、ただ砂浜に二人分の足跡があるという知らせが届いたとき、母の顔が曇った。
三人の乗組員のうち、一人は父よりずっと若く、もう一人は年上だけれど、筋肉隆々だった。行方知れずになったのは父に違いないと覚悟した母は、父の着替えを担ぎ、自転車を漕いだ。
すると、途中、明かりを頼りに上がりこんだ遭難現場からほど近い家の風呂場に、父の笑顔があった。
「この野郎、生き返ってくれたよ」と、湯船に若い男を沈めて、その体をさする父に、母はいきなり飛びつくと、背中をたたきまくったという。
砂浜に二人分しか足跡がなかったのは、意識を失った若い男を父と筋肉隆々の男が交互に背負って歩いたからだった。
その日以来、私はイカナゴのおかずを決して粗末に扱うことをしなくなった。
それから幾星霜、引越しのために今は亡き父母の遺品を整理しているとき、私は父の文箱の中に古びたお守り袋を見つけた。
何気なく紐をほどいてみると、中に畳まれた葉書きが一枚入っていて、文面にはたった一言「アナタ」とあった。
それは満州に出征した父宛に母が書いたもので、私は自分の母ながら顔が赤らむ思いで、なぜか無性にイカナゴの佃煮(「くぎ煮」という呼び名は通販サイトで最近知った)が食べたくなった。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
関東の方から寄せられたイカナゴの思い出です。漁師だった父、そしてイカナゴの弁当を息子に作り続けた母。平凡な家庭といえども、長い歴史のなかにはさまざまなドラマがあります。イカナゴの味を軸に、感動的な家族の逸話が描かれました。
特選(川柳)
川柳:いかなごは 俺だくの字の 終電車 福島敏郎さん(神奈川県)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
きょうも部長に叱られ、夜はやけ酒飲みすぎた…。くの字に身体を曲げて終電車に乗っているお父さん。お疲れ様。しかし、その形はくぎ煮の鮮度の証しです。
特選(川柳)
川柳:この釘は釘煮のような味がする 枝松憲生さん(岡山県)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
それぞれの家庭に作り方のコツがあるくぎ煮。実際に釘を入れて炊く家も。なんともとぼけた一句で、くぎ煮の食卓に笑いが。
特選(俳句)
俳句:源平の夢いかなごの踊る海 木村達雄さん(大阪府)
〈三田完・特別審査委員長講評〉
小さなイカナゴがぴちぴちと陽を反射する様子が目に浮かんできます。瀬戸内の海を舞台にした源平の故事を重ねることで、動きのある一句になりました。
特選
(創作エッセイ)
エッセイ:無題 村上由香さん(兵庫県)
ぼくはこの日、初めて一人で須磨のおばあちゃん家に遊びに行った。家族で夏休みに行くと、海のにおいがする町。ところが電車のドアが開くと、なんだかくさい甘いにおい。そして「おーい」と手を振っているのはおじいちゃんだった。
いつもはおばあちゃんなのに、なんだか変だ。ぼくが不思議そうな顔をしていると、おじいちゃんは「ばあちゃん、今いかなご炊いとうねん。」と教えてくれた。
そうか、いかなごか。ぼくはにんまりした。あれをごはんにのせると超うまい。あと、これは秘密だけど卵かけご飯だとやばい。いくらでもおかわりしちゃう。歩きながら、ぼくの頭の中はいかなごでいっぱいだった。
角を曲がると、魚屋さんの前に人がずらっと並んでいて、おじいちゃんが「あ、入っとう」とあわてた声を出した。
ぼくを「ちょっとここにおって」と列の一番最後に並ばせると、おじいちゃんはケータイを取り出した。「あ、いかなご入っとうで。まだいるんか?。わかった。持っとう。あ、会えた会えた。」
どうやらおばあちゃんに電話したみたい。「ごめんごめん。いかなごもうちょっと欲しいらしいから、一緒に並んでくれるか」。もう並んでいるけど、とおかしくなりながらぼくは「うん」と言った。
いかなごを買って家に着くと、おばあちゃんが「いらっしゃい、ご苦労さんやったね」とニコニコ待っていた。流し台の中のざるにいかなごをバサッとあけたおばあちゃんは、「ほら、見て」とぼくを呼んだ。
のぞき込んだら、透明ないかなごの中に小さな小さなカニがいた。アナゴみたいな長いのもいた。
しばらくすると、あのにおいがしてきた。
あれはいかなごを炊くにおいだったんだ。
おばあちゃんは「お使いのごほうび」と言うと、鍋の中のまだ白っぽいいかなごを、お箸でつまんでぼくにくれた。甘くて、やわらかくて、ものすごくおいしい。ぼくの秘密のやばいリストはまた増えてしまった。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
春の一日、いかなご作りに張り切るおじいちゃんとおばあちゃんの様子を、孫の視線で描いた意欲作。とても魅力的な筆の運びでした。
三田完特別賞
(エッセイ)
エッセイ:くぎにがたべたい 森山ひかるさん(千葉県)
わたしは、いかなごのくぎにが大すきです。
こうべのおばあちゃんが来てくれていた時には、おみやげにどっさり、タッパに入れてもってきてくれていました。
だから、いつもれいぞうこの中にはくぎにが入っていました。
でも、おばあちゃんが入いんしてしまって、れいぞうこからくぎにがなくなりました。お母さんは作れないのです。
「くぎにがたべたい。」
と言っても、
「お母さんは作れないから、しらすぼしでがまんしなさい」
と言われてしまいます。
この前、もうくぎにがとてもとても食べたくなったので、お母さんが仕事のとき、パソコンでお兄ちゃんに調べてもらいました。
そうしたら、この作文を書いたらくぎにがどっさりプレゼントをされるかもしれないとわかりました。
ほんとうは自分で作ろうと思っていたのですが、おみせのおいしいくぎにのほうがいいので、作文を書くことにしました。
わたしはくぎにで大きくなりました。ほねもおらないし、学校もお休みしないで行っているのは、くぎにをたくさん食べたからだと思います。
くぎにがあると、ごはんがたくさん食べられます。今、くぎにがないので、いつもちょっとしか食べられません。
かぜをひいたり、インフルエンザになったりしてしまいそうなので、くぎにがあればいいのになあといつも思います。
くぎにがたくさん食べたいので、この作文でプレゼントされたらいいなあと思います。
そうしたら、わたしはしばらく元気でいられると思います。
〈三田完・特別審査委員長講評〉
神戸のおばあちゃんが作ってくれたくぎ煮をまた食べたい-千葉県の小学二年生の作文です。くぎ煮の味を未来に伝えるために、特別賞に選ばせていただきました。
入選(俳句)
俳句:いかなごの 猟師のすくう 手には春 茂木俊和さん(埼玉県)
入選(俳句)
俳句:春風も 煮込んで送る くぎ煮かな 光畑勝弘さん(岡山県)
入選(俳句)
俳句:二年越し 仮設にくぎ煮 届く春 宇野邦久さん(福島県)
入選(川柳)
川柳:佃煮と釘煮の違い知った嫁 長峯福太郎さん(東京都)
入選(川柳)
川柳:「春ですね」「くぎ煮ですね」と ご挨拶 水谷あづささん(奈良県)
入選(短歌)
短歌:「大漁!」と子供が叫ぶおすそ分け 旬のくぎ煮がまだ温かい 中原修さん(大阪府)
入選(エッセイ)
エッセイ:黄色いお米といかなごのくぎ煮 吉田誠一さん(神奈川県)
「わるいわねえ、お米、またちょっと貸してもらえない?」
子どもの頃、夕暮れになると勝手口でたまにこんな話し声が聞こえてきた。
勝手口は半畳ほどの土間で、まだ石炭だった風呂の焚きつけ口があった。黒ずんだ戸の隙間から覗き込むようにして、近所のTさんが頭を下げている。
『貸して』といっても、返してもらうわけじゃない。困ったときのおたがい様だ。
「黄色いお米入れとくからね」
と母が言っていたのを憶えている。《黄色いお米》とはビタミンを添加した強化米のことだ。
高度成長期といわれた時代の真っただ中。でも人々の暮らしは米も満足に買えないほどで、栄養も十分ではなかったらしい。
使い込まれて白っぽくなったアルミのキッチンボウルに二合ばかりの米を入れ、大事そうに抱えて帰るTさんの背中で、空き地の外灯がぽつんとともった。
数日後、
「これ、神戸の実家から送ってきたの。ちょっとなんだけど食べて」
Tさんが見慣れないものを皿に盛ってきた。ちょっとでもないように見えた。
「まあ、くぎ煮? ありがとうねぇ」
Tさんは釘を食べるのだと思った。そんなに困っているのだ。でも母はうれしそうに受け取って丼に移し替えている。
そして怖れていたことが起きた。夕飯の膳にそれが出たのだ。母は無造作にご飯の上に釘を乗せた。父もうまそうにかきこんでいる。まじまじと見つめる私をふたりは笑って見ている。
釘にはどれもちいさな目があった。
Tさんからは今もよくいかなごのくぎ煮が送られてくる。春になったなあと思う。そして食べるたび、あの日の夕飯が思い浮かぶ。
ちいさな目のある釘をまっ白なご飯に盛って仏壇にも供える。

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